また来年も―――

その時は、ただ、アイツの表情があまりにも寂しそうだったから。
つい、ポロリと零れ落ちた言葉だった。
あの時ふと気にかかったことが、現実になるかも知れないなどとあの場にいた誰が思っただろう。

次などもぅ俺達には無いかもしれないなんて、その時は思いもよらなかった。
少なくとも、漠然とした不安を感じながらも、その時のオレは、そんな事考えもしなかった。

いつも先ばかり良く見ているあいつは、もしかしたら次が無いかもしれない事を、何となくでも感じ取っていたのだろうか。
だとしたら、その時のオレの言葉を、あいつはどんな気持ちで聞いていたのだろう。










常世の約束










「結構積もったわね〜」

白い息を両手で受け止めながら、銀世界と化した校庭を眺めるのは杏子。

「そうだね〜、ココまで積もったのって久しぶりじゃないかな〜?」

杏子の横で、同じようにかじかんだ両手に白い息を吐き出しながら、遊戯が言った。
オレはしっかりと首に巻いたマフラーに、もそもそと首を埋め、ダウンジャケットに両手を突っ込んだまま、まだ柔らかい雪がさらさらと舞い落ちる空を眺める。

童実野町にココまで雪がふりつもったのは、実に15年ぶり。
15年前ってゆーと、俺達がまだ物心つくかどうかほど小さかった頃だな。
まあ、毎年雪は降るもののココまで積もる事も無く、今回の大雪(俺達にとっては、だけど)には、子供ははしゃぎまわり、大人達は大きな溜息をつくばかりだった。
オレはといえば、この雪のおかげで、新聞配達中は自転車が思うように進まなくって、無理やりこぎ続けたらバランス崩して雪の中に倒れるし、あまりの寒さに、親父は出かけもせずにずっと家にいるしで、溜息ついてばっかだ。
全く、ありがたくもなんともねぇ。

「ったくよ〜なんだってこんなに無駄にふりやがんだ、こいつ等はっ」

ついても仕方ない悪態を空に向かってつき、昇降口から足を一歩踏み出す。

「へ〜意外。あんたって結構こういうの好きそうなのにね〜」

「どーゆー意味だよ、杏子」

「そのまんまの意味よ。何とかは庭駆け回るって歌にもあるでしょ」

「ってめー!お前までオレのこと犬扱いかよっ」

「あら、誰も犬とは言ってないでしょ〜」

「自分で認めたな、城之内」

「本田っ、テメェまで!」

「あははは、やめなよ2人とも〜、そんなトコで暴れたらあぶな…っ」

本田の首に片腕をかけて、空いた手を鳩尾に軽く数発入れているオレを見て、遊戯が苦笑交じりに会話に交じる。
でもその言葉は、昇降口を出てすぐ、数段ある階段の、凍りついたソコで遊戯が足を滑らせたコトによって途中で途絶えた。
そのまま体勢を崩し、数段下の階下まで落ちそうになる遊戯を、オレは本田を突き飛ばして右手でキャッチ、したんだけどよ。
焦った拍子にオレも凍った地面に足をとられ、再び、今度は2人揃ってバランスを崩しちまった。

「げ……っ」

そのまま周囲の景色がスローモーションのように横を流れ、気がついたときは遊戯もろとも階段の下。

「〜〜っいって〜〜〜…」

大した高さは無かったけど、地面に付く瞬間に、オレよりも軽い遊戯の体をかばって、遊戯を抱きかかえる状態になるよう半身を捻ったせいで、妙に体のあちこちが痛い。
まだ遊戯を胸に抱いたまま、オレは片手で頭をさすった。
なんかぽっこりたんこぶが出来てなくも無いきがすっけど…。
大丈夫だ、多分思ったより強く頭は打ってない。体も、無理な体勢で落ちちまったせいで痛むけど、特に支障もなさそうだし。
それより―――

「おい、遊戯、大丈夫だったか?」

まだ軽く痛む背中に軽く舌を打ちつつ、腕の中の遊戯をそっとのぞき見る。
だけど、その体から聞こえた声は、いつもの遊戯よりも一オクターブ低めのものだった。

「ああ、体のほうは何とも無いみたいだ」

「あれ、もう一人の遊戯の方か。遊戯は…?」

「落ちたときのショックで少し気を失ったみたいだな。大丈夫、特に心配は要らないぜ」

そう言ってふわりと笑んで、もう一人の遊戯がゆっくりと立ち上がる。
遊戯の中にいる、もぅ一つの人格。ソレが、コイツだ。
俺達の、もう一人の、大事な仲間。
大人しくもはっきりとした強い意志をもつ遊戯とは少し違う、いつも俺達を導いてくれる、強くて、慈愛に満ちた紫色の瞳が、オレを真っ直ぐに見つめてきた。
オレ、こいつの目に見つめられっとさ、目が離せねえだ。
ついつい、ぼーっと見入っちまう。

「ありがとう、城之内君。オレの事を庇ってくれたんだろう?君の方こそ、怪我はないかい?」

そう言って手を差し伸べてくる遊戯に、はっと我に返って、オレはぶんぶんと頭を縦に振った。

「だ、だいじょうぶだぜ、どこも痛くねぇよっ」

「?」

あはは、と苦笑しながら、差し出された手を素直に受け取る。
思っていた以上の力でぐ、と引き寄せられ、今度は遊戯に抱きとめられるような形になっちまって、オレは慌てて遊戯から体を離した。

「悪ぃな、遊戯。ちゃんと受けとめたと思ったんだけどょ」

だっせーよな、なんて言いながら照れ隠しに遊戯の背中をバンバン叩く。

「そんな事無いぜ。城之内君が庇ってくれなかったら、相棒の体は傷付いていたかもしれないだろう?」

そう言って、遊戯はもう一度ふわり、と微笑んだ。

「そ、か?はは、それでもやっぱりちょっと情けねぇけど」

頭を掻きながら俯き、ちょっと前まで俺達が2人で転がっていた地面をなんともなしに見る。
2人分の体重を受けて僅かに土色の肌が見えたソコも、次から次へと軽く降り積っていく雪に、いつか覆い隠されてしまうんだろう。

「ちょっと!2人とも大丈夫!?」

慌てた様子の杏子の声に頭を上げれば、階段の上で尻餅をついている本田と、こっちに駆け寄る杏子、回りでどうしたのかと様子を覗う複数の視線が視界に入った。

「オレは大丈夫だぜ、杏子。城之内君も…」

「あ、ああ、何ともねぇよ」

片手を挙げて答え、背後で尻餅をついている本田に目を向ける。

「何やってんだ、お前」

訝しげなオレの視線に、ぶちり、とどっかなんかが切れたようなで音がした。

「お前のせいだッ、お前の!!!」

「はぁ?何でオレのせいなんだよ!?やんのかテメェ」

「あんた達いい加減にしなさいよ!城之内、アンタが突き飛ばしたから本田はその勢いでああやって無様にこけたわけよ。よってあんたが悪い!ま、とっさに遊戯を庇ったのは褒めてあげるけど」

遊戯の隣に並んでビシ、と指差し言い放つ杏子に、少しばかり拳がわななく。
くっそ〜、女ってこーゆーときすげー強気なのな!男が手出せないって知っててこういうこと言ってくんだぜ。
世の中いつのまにか女尊男卑になっちまいやがって。
まぁ、女子供に手を出すような男にまともなヤツなんていねぇし、勿論オレだってそんなくだらねぇヤツになんてなりたかねえから、ここはぐっと耐えるぜ…!

「はいはい、杏子サマ、アナタが正しいっすね〜」

「当然よ」

………このアマッ…!
とと、耐えろ、オレ。
わなわな震える拳をギュと握って耐える。
やっと腰を上げた本田が、心なしか慎重に階段を下りるのを横目に見ながら、オレは、ふと、ずっとだんまりを決め込んでいる小さな友人に声を掛けた。

「どうしたんだ、遊戯。やっぱどっか打ったのか?痛むか?」

それでも、ぼんやりと突っ立ったままの遊戯に、オレはその視線の先を辿って、ぽんと手を打った。

「そ、か。遊戯にとってはコレがはじめての雪、か」

「ゆき……」

真っ白な空を見上げ、はらはらと、いまだ降り止まない白の結晶を眺める。
そばにいた杏子も、遅れて俺達の横に並んだ本田も、4人揃って空を見上げた。

「キレイだな」

そう言ったのは誰だったか、白い吐息とともに消えていったその言葉の先にある真っ白な空を、俺達は暫く眺めていた。

嫌な気分を含んだ溜息しかもたらさなかった雪だったけど、その時のオレには、今までで一番澄んだ雪景色に思えた。









***** next *****