夜の暗がりに、ぽっと小さな火が灯った。
 昼でも薄暗いビルの狭間、煙草の先から燻る紫煙がゆっくりと空に昇っていく。
「…どうよ、傷の具合は」
 壁に背を預けて座り込んだ城之内は、ふぅっと煙を吐き出しながら素っ気なくそう問い掛けた。向かいには一人の男が、同じように壁に凭れて立っている。
「掠り傷だ」
 男はフン、とつまらなそうに鼻を鳴らし、コートの上から左の脇腹を押さえた。そこは夜目にも分かるほどじゅっくりと濡れ、濃い血臭を漂わせていたが、男の声にも表情にも苦痛の色はまるで窺えない。
「そっちは」
「…掠り傷だぜ?」
 くつりと喉を震わせて、城之内はこめかみから流れる血をぐいと拭った。


 この男と初めて出会ったのはいつだっただろう。
 雨の降る夜だったような気もするし、晴天の下だったような気もする。随分昔から知っているようで、けれどつい最近出会ったばかりのような気もしていた。

 不思議な男だ。その青い瞳に見つめられると、身体の芯が焼かれたように熱く火照ってくる。
 躊躇いなく欲を晒して、この痩せぎすの身体の奥の奥まで暴かれたいと―――そして同じように暴きたいと思わせる、男。
 その綺麗な顔の裏に潜む凶暴な感情を、思う様引きずり出してやりたくなる。


 城之内はやおら立ち上がり、短くなった煙草の火をぐっと靴の裏で踏み消した。
 僅かに湿り気を帯びた風が吹き始める。夜明けが近い。

「じゃぁな、海馬」
「…あぁ」

 挑むようにニッと笑いかけた城之内に、海馬もまた不敵な笑みを返した。
 駆け寄ってその口唇に貪りつきたい。そんな気にさせられる、危険な笑みだ。
 ぞくりと背に震えが走ったのは自分だけではなかったのだろう。熱を帯びた青い瞳がじっとこちらを見つめている。
 だが、焦ることはない。
 次に会う時は敵か味方か、それすらも分からない互いの道。だがきっと、何度でも交わる道。
 どうせまたすぐに会うことになるだろう。
 だからそれまでは。



 ―――暫し、別々の道を。







+ END +




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ハードボイルド海城アンソロジーのエンドロール用に書いたものです。
アンソロでは ツコさん が漫画化して下さいました。感動…!

■ 2006.08.10 / 2007.02.21up ■