空は快晴。
けぶるような緑の匂い。

校舎からの死角になる校庭の一角で
蜜色の髪を芝生に散りばめた少年がころりと一つ寝返りを打つ。

葉桜の合間から差す木漏れ日に口元を緩め
あどけなく眠る彼は箱庭の温もりに優しい夢を見ていた。

蹴り起こしたらどんな反応を見せるだろう?

授業を抜け出して

「ふぁ…」
「大丈夫?城之内くん。さっきから欠伸ばっかりだよ」
 心配そうに小首を傾げた親友は、大きなすみれ色の瞳をゆらゆらと揺らしながらこちらの顔を覗き込んでくる。
 だらしなく机に顎を乗せた城之内はそれにひらひらと手を振って、
「だーいじょーぶだって。ちっと夜更かししちまっただけだからよ」
 気にすんな、と軽く笑って見せた。
 だが釈然としない顔の遊戯に倣うように、隣の杏子も眉を曇らせている。
「夜更かしって…。アンタ朝早いくせにちゃんと睡眠取れてるの?」
「睡眠不足はお肌の大敵だよ城之内くん〜」
「ハイハイ、獏良は黙ってような」
 話が逸れる、と御伽が深い溜息を吐く。
 いつものようにいつもの教室、いつもの昼休み。一所に机を寄せ合って昼食を広げた面々は、今朝からもう何十回目かの欠伸を漏らす城之内に、呆れを通り越して不安げな表情を浮かべていた。
「杏子〜、心配してくれんならそのメロンパン…」
「ダーメ。さっき自分のお弁当食べたでしょ。ホント食欲だけはあるのね」
 机に懐いたままヘラリと笑い掛けてきた城之内の頭をペチリとはたく。
 だが少し思案して。
「…アンタ、夜更かしして、新聞配達行って、その上お弁当まで作ってきたの?」
 訝しげになその声に、周囲もあっ、と声を上げる。
「お前なぁ…」
「そのうち倒れるぞ城之内」
「ばーろ。こんくらいで倒れるほどカヨワきゃれーってろ」
「舌回ってないよ城之内くん…」
 これは余程眠いらしい。
「バイト増やした?」
 問いかけに無言を返すということは、やはりそういうことなのだろう。
 無理をするな、身体を壊したらどうする、…言いたいことは山のようにあったが、彼の家庭事情を思えばそうもいかない。多少の無茶をしなければ、状況は改善されていかないのだ。
「せめて、ちゃんと休んでね?」
 気遣うように顔を覗き込んできた遊戯に、城之内はおう、と明るく笑って見せた。


 そうしてやはり眠気には勝てないと抜け出した午後の授業。
 普段なら教室でも堂々と寝入ってしまう城之内だが、今日は外の陽気に惹かれて気に入りの場所まで移動してきた。
 窓からの視界を遮るように枝を伸ばす桜の大木。木漏れ日がちらちらと肌をくすぐるその場所は、絶好の昼寝ポイントだ。
「ふぁ、ねっみぃ…」
 ぐい、と一つ伸びをして転がった芝生からは、温かな土の匂いがした。のどかな風に前髪を揺らしながら、城之内は心地好さげに目を細める。
 遠くに聞こえる教師の声。意味を成さずに耳をすり抜けていくそれはまるで子守唄のようだ。
 柔らかな午後を独り占めしている優越感に、くつりと小さな笑みが漏れる。
 意識は次第にまどろみの中へ。
 ゆっくりと下ろした目蓋の裏に、白い日の光が透けて見えた。





 その日、珍しくも午後から登校してきた海馬は、植え込みの合間から覗く二本の足にぎょっとして、思わず歩を止めていた。
 校舎側からは確かに死角になっているが、校庭を横切って歩く者からすれば丸見えなその場所。膝から下だけがにょっきりと覗いている光景は、見る者によっては悲鳴を上げて逃げ出してしまいそうなほどの異様さだ。
 訝しげな顔で近付いていった海馬はしかし、すやすやと眠りこけている城之内の姿を認めるなり鼻白んだように息を吐いた。
「フン…ただでさえ間抜け面だというのに、酷いものだな」
 締まりのない顔で寝入っている城之内は、時折大きく息を吸って肩を上下させている。
 そう言えば、と脳裏を過ぎったのは、昨夜偶然見かけた彼の姿。
 会社帰りの車窓からそれを見た海馬は、事の意外さに思わず目を瞠っていた。

 店の裏口に立つ二人の人影。
 一体どんなミスを犯したのか、若い男が上司と思しき人物に深々と頭を下げている。

 渋滞を避けて細道を走っていた車は十分に速度を落としており、彼らの表情までもはっきりと見て取れた。
 頭を下げていたのは、紛れもなく目の前で寝ているこの男だ。今の呑気な寝顔からは想像もつかないほど険しい表情で、口惜しげに口唇を噛み締めていた。
 理不尽なことには噛み付いていくとばかり思っていた彼は、意外にも縦社会に於ける妥協というものを身につけていたらしい。
 こちらにまで伝播してきそうなほどの怒りを必死に押し殺していた姿を思い返し、海馬はひっそりと溜息を吐いた。
 負け犬、と貶めてしまうのは何故だか憚られたのだ。


 心地好い風に城之内の蜜色の髪がさらりと揺れる。
 木漏れ日をきらきらと反射するそれにゆるく目を眇め、海馬はそっと隣に腰を下ろした。
 普段小煩い犬が眠っている所為だろうか。穏やかな空気に、仕事のストレスでささくれた心が凪いでいく。
 真っ青な空に流れる飛行機雲。
 あどけなく額を晒した城之内が、うぅん、と小さく身じろぎをする。
「…無理も程々にしておけ。遊戯たちが心配するぞ」
「ん…遊、戯…?」
 気紛れに落としてやったその声に、城之内はほんのりと口元を緩めながらパタパタと見えない尻尾を揺らしている。
 幸せそうなその様に好奇心を擽られた海馬は、おもむろに彼の耳元へと口唇を寄せ、

「海馬も、心配しているかもしれないな…?」

「か、いばぁ…?う、ン…ん…、…」
 途端、眉間に刻まれた縦皺に、堪え切れずくつくつと喉を鳴らした。
 今頃この男の夢の中には望まぬ自分が登場していることだろう。他人の意識を支配するのは悪い気分ではない。
 昨夜のことで多少なりとも興味は持ったのだ。噛み付くしか能がないと思っていたこの男に。
「悪くないな」
 さらさらと揺れる金糸に指を差し入れる。
 むずかって逃れようとする仕草。悪戯に繋ぎとめたくて仕方なくなる。
「俺に見つかるとは…運が無かったな」
 満足気に呟いて、海馬は意味深に口の端を吊り上げた。
 この場所が気に入りなら、ちょくちょく安眠の妨害をしにきてやろう。
 決して起こすことはせず、無意識の意識に少しずつ自分を刷り込ませていく。
 目が覚めた時、果たしてどんな反応を見せるのか――――。
 蹴り起こすより数段楽しいであろう過程に思いを馳せて、海馬はまたくつりと笑った。


 やがて授業の終わりを告げる鐘が鳴る。







+ END +




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携帯サイトでの1300hitリク、悠璃さまより『城と社長の学校での話』でした。
海×城ならぬ海→城になってしまいましたが、学園モノ楽しかったです。リクありがとうございました!

■ 2003.05.19 ■