時折、これも夢ではないのかと思う時がある。
「海馬!」
放課後、レポートの提出に学校を訪れていた海馬は城之内が補修で残されていると知り、教室まで足を運んだ。
夕暮れの柔らかな日を受けてオレンジ色にの光を放つ髪。
その眩さと逆光に落ちる影が相俟って城之内の顔が良く見えない。辛うじて見える口許とその口調で、笑っていることが判るくらいだ。
「フン、また居残りか。授業中寝てばかりいるからだ、馬鹿め」
「仕方ねェだろ。バイトでろくに寝れてねーんだからよ」
不貞腐れたように眉根を寄せ、僅かに口唇を尖らせる。苛立たしげにシャーペンの後ろを噛む仕草は酷く子供染みて見えた。
「…貴様は高校に入る前の方が余程大人びていたらしいな」
「あン?」
唐突に切り出せばやはり眉間の皺が深くなる。
母親の影をいつまでも引き摺っていた自分にきっちり線を引いたのだと、あの時の彼は言っていた。そしてその切り捨てられた方が今になって表面化しているのだと。
けれど余程、その頃の彼の方が大人めいていて、あまつさえ己を振り回しさえした。今となっては、あれは夢だったのでは、とも思えてくるが。
「テメェが昔のこと聞きたがるなんて珍しいな。いつも『過去など云々!』って煩いくせによ」
城之内はくつりと喉を鳴らし、少し困ったような口調でそう返してくる。教室は薄暗くなるばかりで、その顔はどんどん見えなくなった。
胸が、焦燥にざわざわとさざめく。
他の机を押し退けるような勢いで城之内の目前まで辿り着くと、驚いたように軽く目を瞠っていた。瞳の色が見えたことで幾分安堵する。
「どうしたんだよ」
「どうもしない」
細い横髪に手を伸ばして梳いてやりながら、指先に触れる彼の体温に目の奥がじわりと熱く痛んだ。
この熱は、今度こそ本物の筈なのに時折恐ろしくて仕方なくなる。
失いたくないと自覚する前に失うのと、自覚した後に失うのとでは、果たしてどちらが重いだろうか。
(詮のないことを…)
ゆるく瞼を下ろして一つ息を吐くと、不意に空気が動く気配がした。
目を開ける直前に、口唇に柔らかな感触。
「…らしくない顔してんなよ。反応に困るだろ」
顔を離し、濡れた口唇をぺろりと舐めた城之内が苦笑混じりにそう言った。そんなにも情けない顔をしていたのだろうか。
「あの頃の俺は別に大人びてたわけでも何でもないぜ。投げやりに、諦めることしか知らなかっただけだ」
ただの生意気な子供だったと自嘲気味に笑んで、そっと海馬の頬に手を添える。
その手は温かい。けれど少し、指先が冷えている。夕暮れの肌寒さの所為だろうか。
「遊戯に会って、テメェに散々なこと言われて揉まれてよ。腹立つけど、テメェのあの態度がなきゃ俺は今でも昔の自分を引き摺りまくってたかもしれねェな」
諦めない、という姿勢を叩き込んだのは海馬でもあるのだと、満足気にそう告げた。
「だから、テメェが何かを諦めるのも許さないぜ。俺にばっかり真っ直ぐでいさせんなよ」
「俺に貴様のように見苦しく足掻けと言うのか?」
「今だって似たようなもんだろ」
無然とした顔で言えば揶揄するように返される。
一瞬、ひやりとしたものが背を伝ったけれど。
「夢があるんだろ、シャチョーさん。諦めたらただじゃおかねェからな」
何があっても、と笑う城之内を、海馬は衝動のままに掻き抱いた。
弟に誓った夢と、彼と。
今となってはどちらかを選ぶことなど出来ない。
「おい?何だよ、やけに甘えてくるな」
「…煩い」
優しく髪を撫でてくる手を感じながら、海馬はどちらも手放してなるものかと腕の中の身体をきつく抱き締めた。
例えこれがいつか覚める夢であっても、
この温もりだけは諦めず、必ず取り戻すだろう。
+ END +

遊☆戯☆道での新刊、「ひとでなしの恋」の後日談…のようなものです。
コピペパを巻末に挟み込んでおりました。挟み漏れがあるといけないのでこちらにもup。
あのラストないし城の登場シーン全てが夢オチにも思えてくる話なのですが(汗)、本人は至ってハッピーエンドのつもりで書いておりましたよ!
この話も幸せ度をUPさせたくて書いたのですが、ラストの受け取り方如何によっては蛇足やもしれません。
何はともあれ、「ひとでなしの恋」を手に取って下さった皆さま、ありがとうございました!
■ 2004.11.21 / 2004.12.01up ■