どこかに辿り着こうと足掻いた、夏の残り火
透き通る雪が全てを覆い隠して
廻る季節は密やかに自分を殺すから
このまま、共に埋もれてしまえたら、と
聖夜の鐘の音
我ながららしくもない場所に立っているな、と、城之内は厚い雪雲を眺めながら息を吐いた。
童実野町に一つだけある教会、その敷地内に立つ大きなもみの木。
キリストの生誕日を祝う今日は、深緑の葉に色取り取りのイルミネーションとお決まりのオーナメントが飾りつけられている。
チリチリと肌を刺すように冷たい空気の中、城之内はただじっと頭上を見上げていた。
ダークグレイスカイと昇りつめる光の螺旋。
対比にもならない澱みと華やかさが、この夜ばかりはどちらも必要だなんて。
「寒ィ…」
むずむずと鼻奥を擽るくしゃみの衝動を遣り過ごし、かじかむ指先に息を吐き掛ける。白い吐息が紺色の闇にふうわりと溶けて消えた。
飾り立てられた街並みと、そこに流れる陽気な音楽。優しいその雰囲気に包まれる度、毎年毎年、城之内は胸を押さえるのだ。
二度とは廻らない時を、思い浮かべてしまう自分が嫌で。
妹が好きだった甘いイチゴ味のシャンメリー。ゆらゆらと揺れる薄紅色の液体を大人ぶった仕草で飲み干したあの夜は、もう遠い昔のことだ。
今降るかもう降るかと胸を高鳴らせながら見上げた雪雲。
誰かが傍にいるからこそ得られる、クリスマス特有の高揚感。
だが気付けば――――自分は一人になっていた。
「何してんだよアイツ…、早く来やがれっての」
帰っちまうぞ、と毒吐きながら、城之内は無意識に口唇を引き結ぶ。
居心地のいい『家』はとうに壊れ、血だけで繋がった男は安らぎなど与えてはくれない。
毎年憂鬱で堪らなかったこの日を、それでも今年ばかりは楽しみにしていた。恨めしく街を眺めるだけでなく、自らも浮き足立つ思いで。
決して一人にはしないと、あの男が言ったからだ。
城之内は未だ現れぬ相手を睨み付けるように、立ち込める雪雲を見上げた。
約束は、守る男だ。
それを知っているからこそ、もう少し待ってみようという気持ちにもなれる。……そうでなければ、誰がこんな虚しいことをするものか。
クラクションが鳴った。
黒塗りの高級車から降りてくるのは見慣れた長身。
「遅ぇよ!今何時だと思ってんだ」
ガチガチと歯を鳴らしながら喚き立てれば、口の端を吊り上げた男の、人の悪い笑みが返ってくる。
「フン、そんなにも俺に会いたかったのか?」
反省の色の欠片も窺えない顔に半ば呆れながら、城之内はうりゃっ、と唐突に拳を叩き込んだ。手加減したそれは当然軽く止められてしまったが、多少は驚いたらしい顔に幾分溜飲が下がる。
男の大きな手に収まった拳は相当冷えきっていた筈だ。その証拠に、車内で温もっていた筈の男の体温すら感じ取れない。
「しゃーねーな」
城之内は悪びれずにぺろりと舌を出した。
「おもちゃギョーカイ最大手の社長さんが、こんな日に時間空けてくれたんだ。それだけで良しとしといてやるよ」
ニッと笑いながら胸を小突けば、少しは罪悪感があったのか、鋭い双眸が微かに和らいだような気がした。
「移動するか?」
「んにゃ、いーんじゃねぇの、ここで。何かいかにも、って感じでよ」
言いながら大きなツリーに目を向けると、それもそうだな、と低い声が返る。
聖夜のミサをとうに終えた教会は、柔らかな静寂に包まれていた。立ち尽くしたままの城之内に肩を並べ、海馬もまたその大きなツリーを振り仰ぐ。
キラキラと零れ落ちるような灯りが、二人の輪郭を幾重にも彩っていた。
遠くに聞こえるクリスマスソング。
瞳に映り込む鮮やかな光。
―――胸が痛むのは。
「…あ」
ぱらぱらと。
暗い空から降ってきたのは、あろうことか小さな雨粒だった。
「うっわ最悪、雪じゃなくて雨かよ!」
ムードぶち壊しじゃねーか、と憤慨する城之内の髪を、海馬は溜息混じりにくしゃりと掻き混ぜる。そも、出会い頭に殴りかかられてはムードも何もあったものではない。
「帰るぞ」
「ん」
踵を返した海馬に続いて歩き出そうとした城之内は、もう一度だけ名残惜しげに空を仰いだ。
イルミネーションを弾いた水滴は、砕けた宝石のようにきらきらと光る。綺麗だ、と思わず見惚れていた彼の目に、雨粒がぽたりと染みて流れた。
「…泣くな」
「バッカ、雨だっての」
お約束な勘違いをしてくれた男にゆるりと笑みを投げかけると、何故だか余計に険しい視線を向けられる。
「何だよ」
何を怒っているのかと訝しげに眉根を寄せる城之内の様に、海馬は益々目を据わらせた。
(飼い犬の空元気くらい見抜けない俺だと思うか)
告げたがる口を寸でのところで噤み、代わりに深々と溜息を吐く。顔を顰めて小首を傾げる城之内の、その仕草さえ腹立たしい。
…いや、虚しい、のだろうか。
「俺が、何の為に時間を空けたと思っている」
呻くようにそう口にすると、琥珀色の瞳がぱちりと瞬いた。
一人きりのクリスマスは去年までのこと。胸の痛みに嘆く時はとうに過ぎた筈だ。
なのにどうしてそれが解らない。どうしてここに、隣に自分がいるというのに、その目は遠くを見遣るのか。
「そうやって意味のない不安を抱え続ける限り、貴様はどう足掻いても一人のままだ。それが嫌なら、俺が今ここにいる意味をその足りない頭で良く考えてみろ。俺の努力を無駄にする気か」
憮然とした声音で言い募りながら、海馬は睨め付けるように目を眇める。
そんな顔をさせない為に来たのだと言外に告げてやれば、暫し呆けていた城之内が濡れた睫毛をふるりと震わせ、…笑った。
「テメェが努力とか言うと胡散くせぇな」
「やかましい」
くつくつと喉を鳴らす様に、海馬の口からほっと息が漏れる。ぎこちなさは拭えないものの、先刻までの顔よりは余程ましだ。
海馬はおもむろに手を伸ばし、冷たい城之内の手をぐっと握り込んだ。驚いたように瞠られた飴色の瞳が、複雑な色を揺らめかせながらゆっくりと眇まる。
幸せを噛み締めるようでもあり、不安を押し殺すようでもあるその表情に、海馬の胸はただざわざわとさざめいた。
一人にしない、と告げた言葉に嘘はない。だがこちらが伸ばしたその手をただ嬉しそうに眺めているだけでは意味がないのだ。
何時間も待ち呆けている暇があるなら、電話でも何でもかけてくればいい。その権利はとうに渡してあるというのに、臆病なこの犬は決して自分から手を伸ばすことをしない。
この手を、しっかと握り返すことさえも。
「すぐにとは言わんが、慣れろ」
「おう、努力はするぜ?」
肩を竦めて笑う城之内を胡乱な目でちらりと振り返り、海馬は再び深い溜息を吐いた。
この無意味な意地っ張りがどうしようもなく歯痒い、と。
雪になり損ねた雨粒が教会をけぶらせ、やがて鐘が鳴り。
クリスマスが終わる。
けれど冷たい雨の中繋いだ温もりは、この先もずっと傍らにあるのだと。
知らしめてやりたい。人懐こいようでいて人一倍猜疑心の強いこの男に。
初めて触れた夏の日ように。
聖夜の雨が雪に変わり、早朝の鐘が街に鳴り響く頃。
冷たい雪の下ではなく、温かなベッドに共に埋もれていよう。
それは先にも違えることのない、誓い。
Merry Christmas.
貴方にクリスマスの祝福を。
+ END +

夏にすったもんだあってくっついた模様。甘いー。
■ 2002.12.25 ■