Honey drop
城之内は悩んでいた。
本日は三月十四日。言わずと知れたホワイトデーだ。
女性の一大イベントであるバレンタインに比べると些か影が薄く盛り上がりに欠けるものの、スーパーの一角にこじんまりと作られた特設コーナーは当日である今日もそれなりの賑わいを見せている。
そんな中、数点の商品を穴が開くほど凝視したまま、城之内はかれこれ二十分ほど唸り続けていた。
静香と舞へのお返しは昨日の内に発送済み。杏子へのお返しは昼間学校で手渡し済み。
そんな彼が今度は誰宛ての品に頭を悩ませているのかと言えば、ついこのほど妙な関係に陥ってしまった某アミューズメント会社の社長様宛てだ。互いに言葉での確認を素っ飛ばして体の欲求を優先させてしまった為、所謂懇ろな間柄になった今でも相手の気持ちを今一つ量りかねていた。
尤も城之内の側からすれば、好意の欠片もない相手にそんな真似を許す筈がないのだから推して知るべし、といったところなのだが、それを言うならわざわざ男に手を出してきた海馬とて同じ筈だ。お互いそう器用な性格でないことは熟知している。
ならばあと一言、どちらかが決定的な言葉を口にすれば、曖昧なこの関係に何とでも名をつけることが出来る、…筈なのだが、如何せんどちらも極度の強情っ張りである為、状況改善の兆しすら見られなかった。
それはそれでいい、と城之内は嘯く。
恋人だ何だと甘ったるい定義付けをしてしまえば、いつか息苦しく感じる日が来るだろう。……自分はきっとそんなことにはならないが、相手もそうとは限らない。
だから余計な期待をせずにすむ今の状態は、ある意味一番望ましい関係であるとも言えた。
本気じゃない。だからいつ手を離されても諦めがつく。傷付いたところで、誰にもバレない。
(まぁ、そこまで悲観することもねェんだろうけど)
悪い癖だなと喉奥で笑い、ふるりと小さく頭を振った。
少なくとも自分は、こうして下らないことで頭を悩ませてしまう程度には本気でいる。結局のところ、それが真実なのだ。
「どうすっかなぁ、これ」
腕組みをして溜息を吐きながら、城之内は視線の高さよりやや下にある商品棚を恨めしげに睨みつけた。
バレンタインならば迷わずチョコレートを贈るところだが、ホワイトデーはやれクッキーだ、やれキャンディーだマシュマロだと、無駄にバリエーションに富んでいる。噂によると、どれを送るかでその意味合いも変わってくるらしい。
「チョコ=好きです、ってのは楽でいいよな…。くそ、いっそホワイトチョコでいくか、もう」
面倒くさそうに眉を顰め、肩を落として再び深々と息を吐く。
本来ホワイトデーはあくまで「お返し」をする為の日であって、自ら進んで事を起こす日ではない。バレンタインのアンサーデーという、考えてみれば甚だしく積極性に欠けるイベントなのだ。
しかし彼はその常識を、「バレンタインの男版だろ」という都合の良い解釈に摩り替えることで強引に振り払った。そうまでして素直になる切っ掛けが欲しかったのかと自問する声には、断固として否、と返したが。
ともあれ言葉の代わりに物で気持ちを伝えようと言うのだから、相手にその意図が通じなければ意味がない。
とは言え自分と相手の性格上、冗談で誤魔化せないレベルの代物を贈るのには抵抗がある。
「あぁもう知るかよ! 何で俺があんな甲斐性ナシの為に頭抱えなきゃなんねェんだ!」
城之内は半ば自棄になりながらガシガシと頭を掻き回し、堂々巡りな思考を振り払うかのようにぐるりと身体を反転させた。
面倒だ。考えるのも面倒だ。―――どうせこんな風に悩んでいるのは自分だけだというのに。
「………ホント、バッカみてぇ」
ゆるく目を眇めて奥の歯を噛み締め、青と白の配色が落ち着かない特設コーナーを早足で抜け出す。無駄な時間を過ごしてしまったと自嘲しながら、身体の横できつく拳を握った。
それでも、無駄なことと知りながらもこんなイベントに乗じたくなるのは、単なるお祭り好きな日本人の性だろうか。
「おー、あったあった」
足を向けた先は一般の菓子売り場。飴類の棚の前でぴたりと足を止めた彼は、顎に軽く手を当てながらニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「がなり立ててばっかのテメェには、こいつがお似合いだろ」
一瞬だけ迷うように揺れた手が、ややあって可愛らしい蜂の絵の描かれた袋を掴み取る。表面には「ハチミツ100%」の文字。冗談で済ますつもりで選んだにしては、やけに意味深だ。
人工的な甘みを苦手とするあの男を無意識に気遣ってしまっているようで、思わず苦い笑みが漏れた。多分に悪戯心を含んではいても、付き返されれば流石に傷付く。顔に出さずにいられる自信はない。
そう、やはり結局のところ、それが真実だ。
あんな甲斐性無しに心底惚れている。…そんな、馬鹿げたことこそが。
しかしその数時間後、足取り重く海馬邸を訪れた城之内は、全く同じことを考え、全く同じ品物を買ってきた男と愕然とした顔を見合わせることになる。
互いの不器用も意地っ張りも熟知していながら、こんなことまで示し合わせたように予測出来ない。まったく、とんだ似た者同士もあったものだ。
躊躇いがちに交わした口吻けは、優しいハチミツの味がした。
+ END +

海里さまリクありがとうございました!
ホワイトデー単体で書くとなると意外と難しかった…! でもすれ違いバカップルが書けて楽しかったです。
社長がデパ地下で唸ってるシーンも入れようと思っていたのですが、ちょっと哀れに見えてきたので(笑)省きました。
二人とも考え込みすぎるとブチッと切れて迷走しそうな気がします。基本的に短気なので。
因みに、一般的に言われているホワイトデーのお返しの意味は、キャンディ=交際OK、クッキー=お友達、マシュマロ=ごめんなさい、だそうです。でも多分それを意識して渡すことってないんじゃないかなぁ。
■ 2008.12.02 ■