馬鹿みたいに眩しい陽の光に晒されてる

熱帯紀行

「あちぃー…」
 ガラステーブルにペタリと張り付き、城之内は気怠げに唸り続けている。
 時折頬を置く位置をずらすのは、少しでも冷たい場所に触れていたいから。子供じみたその仕草に、海馬は小さく息を吐く。
「まったく、堪え性の無い犬だ」
「犬言うなバカイバ。つーか何で今日に限ってクーラー壊れてんだよ。普段の無駄遣いっぷり全開でパパッと直しちまえばいいだろ!」
 言い放った城之内は「喋ったら余計暑くなったぜ」と文句たらたら硝子に打っ伏す。暑さで苛立っているのは解るが、いっそ見事なまでの逆ギレっぷりだ。


 海馬邸のクーラーが壊れたのは昨夜。その時点で修理を命じていれば、確かに今頃は快適な室温を得られていただろう。
 だが、たまにはこういった不自由さもいい、と気紛れを起こした海馬は、敢えてそれを急かすこともせず。
 その矢先の珍客だ。
 普段は呼んでもなかなか寄り付かないくせに、余程この暑さに堪えかねたのだろうか。
「ここは俺の屋敷だ。空調をどう扱おうが俺の勝手だろう」
 そんなに暑いならよそへ行け、とひらひら手を振って見せる。
「……つまんねー奴」
「邪魔をするなら放り出すぞ」
「しねーよ。暑くてそんな気力もねーし」
 言って、城之内は再びペタリとテーブルに顔を押し付けた。
 どこかで見た仕草だと首を捻れば、土の冷たい所を掘り返し、ベタっと腹をつけている犬の姿が脳裏を過ぎっていく。
 思わず小さな笑みが漏れた。頭の一つも撫でてやりたい気分だ。
「城之内」
 喉奥で小さく笑いながらその名を呼ぶ。しかし。
「あン…?」
 ぐったりとした声音で応えてきた城之内の表情に、海馬は思わず書類の束を取り落としそうになった。

 上目遣い。

 それも上気した頬と潤んだ瞳の相乗効果で、大層艶かしい。
 些かぎこちない動作で眼鏡を外し、海馬は落ち着きを取り戻すべく目元を押さえた。
 俯せた体勢はそのままに、濡れた琥珀色の瞳が気怠げにこちらを見上げてくる。
 ただでさえ日に透かされた蜜色の髪だとか、その隙間に覗くうなじだとか、タンクトップの襟刳りから覗くしっとりと汗ばんだ肌だとか―――とにかく、触れたい衝動を片っ端から押さえつけていたというのに。
「…来い」
「何だよ。用があるならてめェが来いっての」
 拗ねたような物言いに、海馬は改めて身体ごと城之内に向き直った。
 回転式の椅子をくるりと回し、組んでいた足を下ろして膝をぽんぽん、と叩く。
「来い」
 手を伸べてやると、渋々といった風に城之内が立ち上がった。
「ったく、このワガママ大王が!」
 悪態吐きながら歩み寄ってくる如何にも面倒くさそうなその様に、海馬はニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。
「何笑って……、うわっ!?」
「構って欲しいんだろう?丁度一段落ついたところだ。遊んでやる」
 ぐい、と強く腕を引くと、抗う間もなかった身体が自分の胸元に顔を埋めるような格好で倒れ込んできた。
「なっ、何アホなこと抜かしてやがる!あっちーんだよ、はなせー!!」
 途端に暴れ出した身体をその倍の力で抱き締め、押さえつけ、人肌の生温かさを嫌と言うほど体感させる。

 ……ややあって。

 城之内はぴくぴくと震える腕を力なく掲げた。
「何だ」
「ギ、ギブ…」
 暑くて苦しくて死にそうだと、潰れた蛙のような声を出す。
 海馬は満足げにフン、と笑うと、城之内の髪をぐしゃぐしゃと好き勝手に掻き乱した。
 何かとそこに触れたがるのは彼の癖のようなもので、城之内も普段なら諦めてされるがままになっているのだが……しっとりと汗を吸った髪が指に絡み、やたらと引っ張ってくるのは堪らない。
「いぃーてててててててっ!ほつれるほつれる…!!」
「無精で伸ばすからだ。馬鹿犬め」
 手入れも悪い、と小さく舌を打ち、海馬はデスクの引き出しから折りたたみ式の櫛を取り出した。そのまま予告なく髪に差し入れ、乱暴に解かし始める。
「いってぇぇぇ!」
 禿げる、マジ禿げる、と城之内の悲鳴は益々大きくなった。
「痛いっつってんだろ!ちったぁ優しく出来ねーのかよ!」
 髪を引かれるどころか地肌までガリガリと引っ掻かれ、あまりの痛みに涙さえ浮かんでくる。
 しかし当の海馬はと言うと、

「やかましいわ!大人しくしてろ!」

 思い通りにいかないことに苛立ったのか、先刻までの余裕などすっかり失ってしまっている。
(まぁ、なぁ…)
 城之内は涙目でふうっと息を吐き、奥歯を噛み締めて呷き声を押し殺した。
(こいつが人の髪を解かすことなんて、滅多にないんだろうし)
 長髪といえばモクバもそうだが、男はそうそう髪に気を遣ったりしないものだ。妹の髪を頻繁に結ってやっていた自分とは違う。慣れていなくて当たり前。力加減が分からないのも、当然と言えば当然だ。
 それでも、大人しくなったことで多少やりやすくはなったのだろう。櫛遣いが幾分丁寧になった。
 地肌をカリカリと撫でる程度にまで落ち着いた櫛先に、そうそうそんな感じ、と目を細める。ほつれかけていた毛先も綺麗に解かされ、さらさらと襟足を擽っていた。
 空気を含んだ髪が、窓からの風にふわりと揺れる感触。それは密着している暑さも忘れるほどに心地好く、思わず頬が緩む。

「あっちー…」
「夏だからな」
「バッカ、テメェが暑苦しいんだっての」

 くすくすと笑みを零す城之内に、海馬は何が楽しいのかと怪訝な思いで目を眇めた。
「まぁ、たまにはいいけどな」
 ―――暑いけど、落ち着く。
 零れ落ちた小さなその呟きと朱に染まった耳元に、軽い目眩。

 彼は、ひょっとしたら単に涼みに来たのではなく。

「城之内…」
 誘われるまま小麦色のうなじに舌を這わせれば、汗の味がぴりりと舌先を刺激した。




 それは気怠い夏の午後の記録。
 クーラーの効かない熱帯部屋にて。







+ END +




menuへ


携帯サイトでの1600hitリクで、ひつじさまより「海城で甘い感じ」でした。リクありがとうございます!
うちの社長はどうにもこうにも城の髪を弄るのが好きらしい…。

■ 2002.09.17 ■