01.硝子越しの外

 最近随分と冷え込むようになった。
 空調の効いた室内でぼんやりと城之内は思う。
 一年を通して適温に保たれているここは自分にとっても心地好い場所ではあったが、季節感のなさはやはり否めない。夏は茹だるように暑く、冬は身を切られる程に寒い。それでいいのだと思う。
 こんな、ともすれば時の流れさえも忘れてしまいそうな部屋でじっと過ごしているから、些細な温度差にも敏感に反応するようになってしまうのだ。

 部屋の主は先刻急かされるようにして仕事へと戻っていった。いつものことだ。それでも、電話越しに的確な指示を送りながら一度たりと振り返ることなく部屋を出て行く背中には毎度溜息を吐かされる。
 今、温かなベッドの上に身を起こしているのは自分一人。
 いっそ滑稽なほど聞き分け良く彼を見送った自分一人だ。

 ふいと顔を傾ければうっすらと曇った窓硝子が目に入った。外気との温度差を感じさせるそれに暫し視線を止めたまま、城之内は徐々に冷たくなっていく傍らのシーツをゆるく握り締める。
 あの窓を開け放ってしまえば、何か変わるだろうか。
 紛い物の暖気で満たされた肺に凍りつくような冷気を吸い込んで、無様にガタガタと震えながらそれでもこの身を晒していれば。
 一言もなく当たり前のように置き去られることに、傍らから温もりが離れていく肌寒さに、慣れることが出来るだろうか。

 考える。
 自分は元々、あの硝子の外側の人間だった筈だ。堕落し始めたのはいつからだっただろう。関係の虚しさにも気付かずに。

「…それでも、待っちまうんだよなぁ。馬鹿みてェにさ」

 ぽつりと独り言ちて僅かに瞼を伏せた。手繰り寄せたシーツを抱き込むようにして膝頭に額を摺り寄せる。
 あの男は―――海馬は、戻ってきた時に自分が眠っていると癖のように髪を梳いてくる。ゆったりと動くその指先の温度を夢うつつに覚えているから、それを感じるまでは帰る気になれないのだ。
 例えその行為が大した意味を持たない戯れだったとしても、自ら寒い、或いは暑い部屋の外へと出て行くことが出来なくなっている。いつの日も、いつの季節も。
 そうやってずるずるとあの男の温度に慣らされた。
 自分にとっての適温とは、この部屋の整えられた空調などではない。ただあの男の与えてくれる熱だけなのだ。

 城之内は気怠い仕草でベッドを降り、一呼吸した後思い切って窓を開けた。冷たい風が剥き出しの肌を刺すように吹き付ける。
 紛い物の温もりの中で凍えているより、この方がずっとましだ。シーツを掴む指先が震えていても何ら不自然ではないから。

(…なるべく早く帰ってこいよ)

 今夜は寝ずに待っている。それでも、起きて視線を交わしながらでも髪を梳いてくれたならとても嬉しい。
 ―――それは既に何度も試したことで、叶う筈はないと知っているのだけれど。

 急激な温度の変化に窓硝子は大粒の水滴を貼り付かせていた。
 つぅっと伝い流れたそれはまるで温もりを求める外気の涙のようだ。

2005.12.11



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