Cowardly love
爽やかな初夏の風が、明るい蜜色の髪をそよそよと揺らしていた。
自分を待っている間に寝入ってしまったのだろう城之内の様をつと見遣り、海馬は口元に薄っすらと笑みを引く。
夏を間近に控え、彼の横たわるソファはバックスキンタッチのそれから木綿地のものに変えさせていた。座って初めて気付いたのだろう彼は暫し残念そうに布地を擦っていたが、こうして心地好さげな寝顔を晒しているところを見ると、それなりに気に入ったらしい。
飼い犬に快適な寝床を用意してやるのは、飼い主の甲斐性の現われだ。海馬はこうした些細なことでささやかながら自尊心を満たし、日々笑みを深めていた。
目を通し終えた資料を執務机に放り出し、細縁の眼鏡を外して目元を揉み解す。
窓の外の桜の木はいつのまにか萌黄から濃い緑へと色を変え、ざわざわと風に梢を揺らしていた。すぅすぅと聞こえる微かな寝息と相俟って、何とも穏やかな気分になる。
季節の巡りは早い。この犬が邸を訪れるようになったのは、いつの頃からだったろうか。
「待ちくたびれたか?」
ソファの傍らに膝をつき、城之内の寝顔を覗き込みながら、海馬はくつりと喉を鳴らした。
強い意志を映し出す双眸が閉じられている所為だろうか。見慣れた彼の顔は、普段より幾分幼く見える。無防備に晒された額にそっと指を這わせると、僅かに眉根を寄せ、むずかるように首を振った。起きる気配はない。
以前の彼は極端に眠りが浅く、自分が軽く身じろぎした程度で目を覚ましていた。否、そもそも自分の前では眠ろうとすらしなかった。
季節が巡ると共に変っていくものは、多くある。海馬自身、城之内によって変えられた点は多々あった。
それが互いにとって良い変化ならば、幾らでも受け入れられよう。
だが城之内にとって、『海馬瀬人の前で無防備に眠るようになる』という変化は、果たして望ましいものであったのか否か―――答えを知っている海馬は、少しばかり痛んだ胸に、くっと自嘲めいた笑みを浮かべた。
今この瞬間に目を覚ませば、城之内は酷くばつの悪そうな顔をして目を逸らすだろう。そしてそのことに傷付く自分を、海馬は自覚している。
だから早く机に戻らねばと思うのに、自分を拒絶しない穏やかなこの寝顔からはどうしても離れ難かった。
もっと見ていたい、もっと触れていたい、…微かに開いたその口唇を貪りたいと、叶わぬ欲ばかりが胸に湧き立つ。
「…惚れた方の負けとは良く言ったものだな、城之内」
苦笑交じりに呟いた海馬は様々な欲求を抑え、彼の額にそっと口吻けるに留めた。だがこんなことすら、彼が眠っている時にしか許されない。
臆病なこの犬が自ら喉を撫でさせるようになるまでには、あとどれだけの季節を越えれば良いのか。
拒絶を恐れて告げられぬ言葉を、自分は今日もまた呑み込むのだろう。
それでも、彼がここに通ってくることが一つの答えであると、信じていたい。
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(またかよ、この根性なし…!)
ぎこちない動作で立ち上がり背を向けた海馬は、実はとうに目を覚ましていた城之内が準備万端に口唇を尖らせていたことなど、知る由もなかった。
その一言を待ってるのに、言いやしない。
先に言った方が負けだと思ってしまう自分をいい加減捨てて、
どちらが本当の臆病者か
そろそろ思い知らせてくれようか。
+ END +

「海馬ファイナルレボリューション!」で新刊を落とし(泣)、せめて何か…と無料配布していたものです。
オンリーでの新刊落とし率が非常に高い気がします…。やる気だけは溢れてるのに何故…。
この話は、とりあえずお互いに「片想いじゃないと思うけど確証がないから最後の一歩が踏み出せない」みたいな感じでしょうか。城の方は単に意地になってるだけのような気がしますが。
タイトルの「LOVE」は「愛」ではなく、敢えて可愛らしく「恋」と読んで頂きたい今日この頃。
■ 2007.05.27 / 2007.11.16up ■