- 約束された結末 -

「なぁ」
 ソファに寝転んで雑誌を捲っていた城之内が、思い出したかのようにそう声を投げてきた。
「この前静香にキラッキラした絵の漫画を貸りたんだけどさ」
 少女漫画ってやつだ、と告げてくる彼に、パソコンの画面から目を上げた海馬はぴくりと眉を跳ね上げる。
 高二の男子が少女漫画。
 オモチャ業界で良く見る少々マニアックな少女漫画像を思い浮かべてしまった彼は、些か複雑な思いで目を眇めた。
 何の意図があってそんな物を借りる気になったのかは知れないが、酔狂なことである。或いは、あれでいて強かな面もある妹に是非にと押し付けられでもしたのだろうか。
「杏子に貸してたのが戻ってきたんだと。んで、面白いから俺も読んでみろってことになって……言っとくけど、ステッキ持って魔法がどうこう言うような漫画じゃねーぞ」
 向けられた渋面から海馬の胸の内を見抜いたらしい城之内が、苦笑交じりにそう告げてくる。
「ごくごくフツーのレンアイ話だよ。片想いから両想いになるまでのドタバタコメディ…って、コメディじゃねーや、一応大真面目なんだった。有り得ねェだろそれ、って突っ込みまくったけどな。つーか女に好きだって言われて初めて『実は俺も』とか返すヘタレは男じゃねェ」
 話がどんどん本筋から逸れていく。
 元より真面目に聞く気のない海馬はいつものこととばかりに軽く息を吐くと、パソコンへ視線を戻して片手間に城之内の声へと耳を傾けた。
 放っておくといつまでも取り留めのない話を続ける彼は、今に本題を忘れ、「あれ、何言おうとしてたんだっけ」と頭を掻き始めるに違いない。そうして次には「ま、いっか。大したことじゃねェし」と続くのだ。
 一度その「大したことじゃない話」に律儀に付き合ってしまい、血管が千切れるのではないかという怒りを体感したことがある海馬は、それ以来「なぁ」から始まる城之内の世間話は右から左へ流すことにしていた。
 だが無論、全く聞いていないわけではない為、気に掛かる言葉があればつと顔を上げてしまう。
 この時もそうだった。
「だからさ、そのハッピーエンドの先ってやつを想像してみたわけよ」
「……何?」
 また妙なことを、と思いつつ、一通りパソコンでの作業を終えた彼は城之内の寝そべるソファへと足を運ぶ。
「だっていくら漫画だからって上手く行き過ぎだろ。現実はそんなに甘くねェっての」
「現実ではないからだろう」
「ファーストキスも甘くねーし酸っぱくもねーし、何つーか人体の味がするし」
「…人体だからな。それで貴様、何の話をしている」
「あぁそうだった。ハッピーエンドのその後だよ」
 促されて初めて思い出した、と言わんばかりの城之内に再び息を吐き、海馬は彼の頭側の肘掛けに腰を下ろした。額に掛かる蜜色の髪を手慰みに払ってやると、くすぐったそうに目を細める。
 喉を鳴らす猫のような仕草につられて目を細めていた海馬は、続けられた言葉に思わず穏やかだった空気を凍り付かせた。
「まず来るのは、倦怠期だな」
「……おい」
「んで、別れる」
「…………」
「すったもんだあって寄りを戻して」
「…戻るのか」
「で、また倦怠期だ」
「…………」
 指折り数えながら漏らす彼に、どうでもいい話だとは思いながらも海馬の眉間に皺が寄る。
 少女漫画並みとまではいかないまでも、恋愛事には誰しもある程度夢を抱くものではないだろうか。シビアすぎる意見に一抹の寂しささえ覚えてしまう。
「あれ、結構これって俺らみたいじゃねェ?」
「倦怠期を迎えた覚えも別れた覚えもないが」
 まさか近々そんな話を持ち出す気ではあるまいなと視線を強めた海馬に、城之内はニッと悪戯めいた笑みを浮かべた。
「ドラマチックにくっついて、なのに喧嘩ばっかして、いつ完全に別れちまっても不思議はないのに、ぜってー切れない。だろ?」
「…成る程」
 髪を撫でる手の動きを再開させながら、海馬はゆるく口の端を持ち上げた。
 茶化した物言いをするものの、城之内の琥珀の瞳は微かな不安にさざめいている。随分と遠まわしな愛情の測り方をするものだ。
 だが、自分の答えを待つ健気な瞳に「さてどう返してやろうか」と嗜虐心めいた思いを膨らませていたのも束の間、
「少女漫画のお約束でいけば、ここでチューしてFINだな」
 待ちきれなかったのだろう城之内が漏らした一言にムードを台無しにされ、海馬は再び血管の千切れそうな思いを味わった。


 F I N .

■ 2006.08.18 ■

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