Ping×Pong×Dash
天高く聳えるビルの下、悪趣味極まりない石像に寄り掛かりながら、城之内はゆっくりとその頂を振り仰いだ。
ジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま、もう随分とそうしている彼は、こんな場所でさえなければ人待ちをしているようにも見えただろう。真っ青な空を見上げる瞳には、確かに待ち惚けを食らった者特有の所在無さが浮かんでいる。
二ヶ月。たったの二ヶ月、だ。
城之内の目がすっと眇まる。
と同時にヘリのプロペラ音が耳に触れ、足元を黒い機影が滑っていった。
強いビル風に蜜色の髪を思う様掻き乱され、城之内は思わず額に腕を翳す。薄い口唇が弧を描くようにゆるく撓り、一つ瞬いた瞳からは先刻までの退屈の色が消えていく。
逆光をきらりと弾き、眩いばかりの青空をゆっくりと旋回する機体。
堂々たる、主の帰還だ。
「…帰れ」
「冗談」
眉間の皺を押さえながら呻くように告げた海馬は、すげもなく返された言葉に益々以って顔を顰めた。上機嫌でその膝に跨っている城之内は、徐々に下降していく海馬の機嫌などどこ吹く風で首の後ろに手を回してくる。
「つれないこと言うなよ。二ヶ月ぶりだろ?」
「仕事が終わったら構ってやると言っているだろう」
「ヒドイッ!私と仕事どっちが大事なの!」
「…仕事だ」
目下のところな、と疲れたように付け足して溜息を吐くと、城之内の口唇がすぐ目前で愉しそうに笑みを刻んだ。だが海馬にはそんな彼の目を真っ直ぐ見返す勇気がない。悪ふざけで綺麗に押し隠してはいるが、時折言葉の端々にもぴりぴりとした怒りを感じるのだ。
二ヶ月、何の連絡もなしに出張し通しだった。
アメリカと日本の時差を考えてわざと電話しなかったのだと言えば一応の納得はみせるだろう。だが、「そうだったのか」と安堵めいた笑みを浮かべさせるのはどうにも気に入らなかった。
自分がそんな思いやりを発揮する男でないことくらい、彼は当然見抜く筈だ。そして安堵した「ふり」をして笑みの形に目を細める。
……嘘を吐くなと罵られた方がどれだけましだろう。
だが正直に「仕事に没頭していて忘れていた」と告げたとして城之内を怒らせずにすむかと言えば、それもまた無理な話だった。
彼の怒りは決して理不尽なものではない。今回のことは、明らかに自分の失態なのだから。
「すぐにとは言わんが、今夜中には邸に戻る。ただでさえ少ない時間を無駄にしたくなければ、先に帰ってベッドでも温めていろ」
詫びに二ヶ月分きっちり構ってやると爛れた思考を巡らせながら、海馬は自身の肩に顎を乗せて懐いている城之内の身体を、理性を総動員して押し退けようとした。
首筋に感じる息遣いと柔らかな髪の感触。密着した薄っぺらな胸から伝わってくる、自分より少し早い鼓動。懐かしささえ覚えるその体温。
何より、椅子に腰掛けた自分の膝上に向き合わせに城之内が跨っているというこの体勢は、海馬にとって色んな意味で居心地が悪かった。
二ヶ月という期間は思ったよりも長い。これ以上駄々を捏ねて身体を揺すられでもしたら、呆気なく陥落してしまいそうだ。引き剥がしたばかりの細い身体をすぐにも掻き抱いてしまいそうな自身に危機感を覚える。
「城之内」
それでも嫌だと言わんばかりに手を伸ばしてくる男に、海馬は深々と息を吐いてどうしたものかと軽く目を伏せた。
―――と。
「!?」
悪戯に伸びてきた手が、焦げ茶色の横髪を梳いて丁寧に耳に掛ける、それだけの動作なら息を呑んだりなどしない。
剥き出しになった耳朶にかぷりと甘く歯を立てられて、海馬は思わずびくりと身を強張らせた。
鼓膜のごく近くでぴちゃりと濡れた音が響く。熱い舌先で耳の端を辿り、舐め上げては甘噛みするという動作を緩慢に繰り返す城之内に、ぐらりと視界が揺れたような気がした。
自分から誘うような恥ずかしい真似が出来るか、と言ってやまない彼であるというのに、一体これはどういう風の吹き回しか。
「…ガキの頃によ」
思わずその細い腰に回しかけていた海馬の腕を、城之内は嫣然と微笑みながらそっと押さえた。
「ピンポンダッシュ、って悪戯が流行んなかったか?」
「………何?」
悪戯、という言葉に思わず眉を顰めた海馬は、ニヤリと笑う城之内の顔を見遣り、不埒な手をはたと引っ込める。琥珀色のその瞳は弧を描く口元とは裏腹に、変わらず鮮やかな怒りに彩られていた。
「城…」
「隙あり!」
ちゅ、と音を立てて海馬の口唇を啄ばんだ城之内は、硬直している男の膝からそそくさと降り、飛び退るように距離を取る。
「ピンポン押したら即逃げろってな!じゃぁなバカイバ!テメェなんざ仕事と結婚してろ!」
カラカラと笑いながら脱兎の勢いで駆け去っていく後ろ姿を、少しの間海馬は呆然と眺めていた。
だが、ややあってク、と不穏な笑みを漏らし、おもむろに内線の受話器を持ち上げる。
―――自分を焦らそうなど、十年早い。
「犬が逃げたぞ。捕らえろ!」
一喝するように部下へと命じた彼は、自らも寂しがりの犬を捕まえるべく、仕事を半ば放棄して社長室を後にした。
さぁ追って来い。
一言の断りもなく置いていかれて
チャイムが鳴るたび玄関に走った
あのもどかしさを少しは味わうといい。
+ END +

久々のインテで個人誌を思いっきり落としてしまい(泣)、せめて何か新作を…と書き上げました。
最近薄暗い話ばかり書いていたのでポップな感じの話を目指してみたのですが、はてさて如何なものでしょうか。
因みにタイトルは、わかる人にはわかってしまうかもしれない某ゲームの曲より。
明るく可愛い曲だとばかり思っていたら歌詞が物凄く切なくてびっくりしました。
社長も底抜けに明るいと思っていた城之内くんが実は色々抱えていることに気付いてびっくりすればいいと思う。(何て締めだ!)
■ 2006.01.11 ■