- side.K -




細縁の眼鏡を外して目元を押さえる。
目を休めるように窓の外を眺めると、スモッグに煙る白い太陽が見えた。

太陽を見ると、風の匂いを思い出す。
風の匂いを思い出すと、少し埃っぽいひだまりの匂いを思い出す。
そしてその匂いは否応無しに、置いてきた犬の顔を思い起こさせた。
どうしているだろうか、と考えることは、正直に言えばこんな時くらいしかしない。

手を伸ばして髪を梳くと、くすぐったそうに首を竦める。
腰の強い癖毛は、けれど触れてみると存外に柔らかく、
抱き寄せて鼻先を埋めると暖かなひだまりの匂いがした。
思い出すだけで、胸の底がひたひたと満たされていくのを感じる。

こんな自分の心情を知れば、 「一人だけ満足するな」 とあの犬は喚くだろう。
手紙もメールも電話もない。
そんな状況に、らしくもない寂しさを覚えているかもしれない。
それでもそうであるからこそ、あの犬は自分を忘れることなく、
半ば意地のように主の帰りを待ち続けるだろう。
…そうあって欲しいと、試すような気持ちで今日も電話の受話器を置く。

疲れきった自分が帰るのはあの場所だ。
余力が残されているのなら、まだ、太陽に手を伸ばすべきではない。


『 バーカ 』


―――寂しげに呟く声が聞こえた気がして、耳を塞いだ。













いつしか、目を閉じる度にひだまりの匂いを思い出すようになった。
胸に痞えるこの感覚は何だろうか。
指先が何かを求めて動きそうになるのは何故か。
白い太陽はしたり顔でこちらを見下ろす。

恋しく思っているのは、自分の方だったのかもしれない。

■ 2006.05.10 ■

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