告げよう、と決意したのは昨日今日のことではない。
躊躇うようにもたつく足を叱咤して顔を上げれば、冬に差し掛かった空にきらきらと星屑が瞬いていた。
(もうこんな時間か……)
腕の時計をちらりと見やり、城之内は白い溜め息を吐く。
つい先日電池を替えたばかりのそれには「10-24/23:01」と無機質な文字。
こうして暗い夜道で時計を気に掛ける度、いつもあの夜のことを思い出した。
1月25日。今年の、自分の誕生日だ。
大事な友人、そして妹からのプレゼント。もうずっと忘れていた誕生日のという日の温もりに包まれたあの夜は、酷く幸せで。
そうしてその気分を壊したくなくて、またこの時計を見た。
あの時、時間を気にせず、辛辣な言葉も覚悟の上で真っ直ぐ家に帰っていたなら、きっと今ここで思い悩んでいる自分はいなかっただろう。
『間に合ったな』
苦笑して、己の時計を指し示して見せた男。
彼の出現がなければ、ふわりと首に巻きつけられた温かな感触も経験することなく、友人たちとの優しい思い出だけに浸って眠っていた筈だ。
幸せに彩られた一夜を更に劇的なものに仕上げてみせたのは、やはりあの男。
海馬瀬人に他ならなかった。
present
海馬は今、日本に戻っている。
クリスマス商戦に向けての会議やら何やら、色々と忙しいらしい。
先日モクバから電話で聞かされた内容と照らし合わせるなら、自分にとってこんなにもタイミングの良い帰国はなかった。
借りを返さねば。
海馬が聞けば多分に眉を顰めるであろう決意を胸に、城之内は意気揚々と店を回った。
何を渡そう、なんて、実はもう随分前から考えていたのだ。
そうして手に入れた包みは、今も上着のポケットに忍ばせてある。あとは彼の屋敷を訪れ、渡すだけでいい。…そう、渡すだけで。
城之内はその時に添えるつもりだった言葉を頭の中で反芻し、ボッと顔に火を点したように赤くなった。
「くそっ…、何で俺がこんな思いしなきゃなんねーんだよ」
ペシリと両手で頬を打つ。
海馬が何故あの日帰国していたのか。
何故自分の誕生日を知っていたのか。
何故、プレゼントを用意して、待ちぶせて、…自分に温もりを分けてくれたのか。
熱を出して心細かった日にも戻ってきてくれた。自惚れてもいいのなら、答えはきっととうに出ている。
「自惚れて、いいんだよな…? 海馬…」
頬を撫でる風が冷たい。
急に不安になって、城之内は徐々に緩まっていた歩みをついに止めた。
限りあるかもしれない幸福。いつ失うのかと怯えながら過ごすのは、酷く苦しい。
それに溺れるだけの覚悟が、自分にはあるのだろうか。
「……今更だ」
ぽつりと小さく呟いた。
野良犬を懐かせる為の甘い罠。それでもいい。駄犬だなんだと罵られるのはいつものことで、そんな扱いは本当に今更なのだ。
想いを告げて、例えそんなつもりはなかったと言われても、傷付く必要などない。
自分は自分の思う通りに、自分の幸せを手に入れるべく賭けに出ただけなのだから。
後悔が残らないのならそれでいいのだ。きっと、それが一番自分らしい。
「こんな風に悩んでる方が、ずっと俺らしくないよなぁ」
城之内は苦く笑いながら、またゆっくりと足を踏み出した。
その胸に、生まれて初めての想いを抱いて。
屋敷へと向かう車の中、海馬は鈍い銀色をした携帯をじっと見つめていた。
帰国が決まって一ヶ月。実際に帰国して三日。
限られた時間の中での仕事に忙殺され、帰国のもう一つの理由である彼に連絡を取ることさえままならなかった。
モクバが電話をしたと言っていたから、城之内の方も、もう自分がこちらにいることくらいわかっているだろう。かけてこないのは多忙ゆえか、それとも何か企みでもあるのか。
「やはり、奴にも携帯を持たせておくべきだったな」
家に電話をしても誰も出ず、調べ上げたバイト先の電話からは閉店のアナウンス。
彼が家に着いてしまう前に拾おうと思っていたが、暗がりを嫌い、街頭を頼って道を変える彼のこと、あちらこちらと探している内に帰り着いてしまう可能性の方が高かった。
「全く…、強情な犬だ」
海馬はくつりと低く笑い、携帯を持たされることを拒んだ彼の様子を思い返していた。
『滅多に鳴らない電話を待つのって、何か虚しいだろ』
自嘲めいた笑みで呟きながら、城之内は差し出された黒い携帯を軽く押し返してきた。
そのどことなく寂しげな感に、呆れた思いを抱きつつも黙って引いてしまったことを思い出す。
互いの怱忙、時差、そして距離。全ての要因が、ただ一度のコールをも躊躇わせるだろう。それが解かったからだ。
海馬は携帯のサイドのボタンを押し、サブディスプレイに表示される時間を改めて見遣った。
10/24...23:50
もう、家に着いている頃だろう。
再びその蓋を開け、登録された番号を迷いなく呼び出す。
RRR... RRR... RRR...
三回目のコールが鳴り終える頃、何の気なく窓の外を眺めていた海馬は、その目に飛び込んできた光景に思わず息を呑んだ。
「停めろ!」
焦りを滲ませた主の声に、車はキキィッと嫌な音を立てて急停車する。
自ら車の戸を開き、運転手に先に戻るよう命じた海馬は、屋敷の外壁の端の端、煌々と灯る外灯の下に佇む人物の元へゆっくりと歩み寄った。
「城之内……」
「よぉ」
顔を上げ、微かな笑みを浮かべた彼は、上着のポケットに手を突っ込んだまま、凭れていた壁からすっと身を離す。
秋の夜は意外に冷える。その証拠に、城之内の鼻の頭も擦ったように赤かった。
「何をこんなところに突っ立っている。犬は寒くとも外の方が好きか?」
図々しく上がり込んでいればいいものを、と揶揄するように……けれど少しばかり咎める意を込めてそう告げる。
柔らかな頬に手を伸ばせば案の定冷たい感触が伝わってきて、海馬は露骨に顔を顰めた。
「馬鹿は風邪をひかないとは言うが、貴様は一度ひいているだろう。特異体質の馬鹿なのだから、少しは考えろ」
馬鹿でないのだから、とは言わないあたりが彼の性格の悪いところだ。
だが、普段なら間を置かず噛み付いてくる筈の城之内は、ただ意味ありげに笑うばかりだった。
「何で、ここに立ってたのかって?」
悪戯めいた琥珀の瞳が、外灯を反射してきらりと輝く。
「決まってんだろ。『人を待ってた』んだよ」
ニッと笑って紡がれた台詞に、海馬は軽く目を瞠った。
「ほう…?」
冷たい空気がほんのりと色を変える。
「それは光栄だな」
「覚えてんのか」
如何にも嬉しそうに笑みを深めて、城之内はするりと海馬の首に腕を絡める。…内心、顔から火を噴きそうになりながら。
ちらりと見えた腕時計の表示は『10-24/23:59』。ギリギリだ。
明日になる前に会えて良かった。
(間に合ったな)
いつか海馬が自分に向けた台詞を、城之内は安堵と共に胸の内で反芻した。
予めセットしておいたアラーム。その無粋な音が鳴り始める瞬間に、伝えたい言葉があるのだ。
フライングしそうになる心を持て余し、城之内はぎゅ、と海馬の服を握り締めた。
「海馬、」
どくどくと、耳にまで響く自身の鼓動が煩い。緊張のしすぎで視界がぐらぐらと揺れている。
そして最後の最後まで消えない不安が、ほんの少しだけ心に影を落とす。
もう少し。
もう少しで。
「……?」
その時ふと、海馬が軽くその身を引いた。
何事かと瞬く城之内の目前に、青い光がいっぱいに広がっていく。
そして。
「―――――ッ!!?」
Pi...Pi...Pi...
Pi...Pi...Pi... Pi...Pi...Pi...
待ち望んだアラームが鳴り響く寸前。
城之内の口唇は、海馬のそれにしっかりと塞がれていた。
「…っ!」
「城之内」
至近距離の青い瞳が愉しげに細まる。
あぁやはり、自分はこの深い青にどうしようもなく惹かれているのだ。
告げねば、と改めて口を開いたところで、海馬の腕にきつく掻き抱かれる。
「好きだ」
「…っっっ! てめっ、人の台詞横取りしてんじゃねーよ!」
「フン、犬に先を越されたとあっては沽券に関わるからな」
耳元でくつくつと笑う声に、城之内の赤い頬が更に熱を上げた。
一生懸命考えていた計画は総崩れ。あんなに悩んだ自分は一体何だったのかと、いっそ溜息を吐きたくなる。……幸せすぎて、泣きたくなる。
本当に、意地の悪い男だ。
「ちくしょう、プレゼント一個ダメにしやがって……」
「何がダメだ。こうして目の前に吊り下げておいて、渡すことなく終わる気ではないだろうな」
「う…っ、テメェが先に言いやがるから、考えてたシチュエーションが台無しなんだよ! 今更こっ恥ずかしくて言えるかボケ!」
「あぁ分かったから早くしろ。これ以上焦らすと無理矢理吐かせるぞ」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
半ば涙目で口唇を戦慄かせる様が大層面白い。
海馬は柔らかな金糸を優しく撫で、城之内の肩口に顔を埋めるようにして言葉を待った。
何度も唇を湿らせ、言い淀む気配が甘く耳朶を擽る。
やがて小さく聞こえてきた声に、海馬は再びその細い身体を抱き締めていた。
「………好きだ」
「やっと言ったな」
額をつけて、くすくすと笑い合う声が秋の夜空を静かに駆け上がる。
「誕生日おめでとう、海馬」
貴方が生まれてきてくれて、本当に良かった―――。
+ END +

恥ずかしい話で申し訳ありません。社長お誕生日話でございました…。ハッピバースデー社長!
一応この話は、 城の誕生日話 から続いています。
「まだくっついてなかったのか!」と盛大に突っ込んでやって下さい…。
因みにもう一つのプレゼントは、日本時間を指したお揃いの腕時計だったりします。お約束ですね!
■ 2003.10.25 ■