「…何だそれは」
低くくぐもった声音にバクラは「あン?」と首を傾ける。
「見りゃわかんだろ。膨らます前のビーチボールだ」
「………たかがビーチボールを取り出すだけで何故そのオカルトグッズが発光する?」
「ケッ、ンなのノリに決まってんだろ、ノ・リ」
ビビったのか?とせせら笑う姿に、海馬の細すぎる堪忍袋の緒は音を立てて千切れた。
「クク…コソ泥の分際で俺を揶揄うとはいい度胸だ!望み通り血の海に沈めてくれるわ!!」
吹き荒れる強風。
アロハシャツの裾がバッサバッサと豪快になびき、後ろ手に取り出した拳銃がジャキッ、と重い音を立てる。
「あぁ忘れてた。このボール、ブルーアイズ柄だぜ?」
「フン、いい趣味だ」
海馬は満足気に銃を収めた。
Return to Summer5
「さぁ勝負だ遊戯!!」
「や、やめろ…!大声で喚くな……!!」
彼岸から生還したばかりの遊戯は悲痛な声でそう呟き、未だぐらぐらと揺らぐ視界に堪らず胸のパズルを握り締めた。
(た、頼む!代わってくれ相棒…ッ!)
(えぇっ!?何てこと言うのさもう一人のボク!その身体であの妙竹林の相手をしろって言うの?自業自得なんだから君一人で堪えてよね!)
(そんな!あ、相棒ーーー…っ!!)
唯一の拠り所に手酷く振られ、目の前には件の妙竹林。やめろと言うのにワハハハハ!と大音量で高笑う声は血塗れの頭にガンガンと響き、遊戯は半ば泣きたい気持ちで空を仰いだ。目も眩むような一面の青。…本当に目が眩む。
「フン、普段の威勢はどうした。俺との勝負に恐れをなしたか?」
「海馬…貴様ァ!誰の所為でお花畑を拝む破目になったと思ってるんだ!今日と言う今日は許さないぜ!!」
遊戯はギッと憎しみを込めた目で海馬を睨み、勢い良く左腕を振り翳した。巻き起こる闘いの風…否、嵐。
だが。
「…………」
「…………」
急速に勢いを失った温い風が、白けたムードで二人の間を吹き抜ける。
二人腕にデュエルディスクは、無い。当然だ。水辺にカードは厳禁、と、デッキすらもホテルに置いてきてしまったのだから。
「………クッ、ならば闇のゲームで…!!」
「案ずるな遊戯!俺とて何とかの一つ覚えのようにデュエルデュエルと騒ぎ立てるつもりはない!」
「…信憑性のない言葉だな」
思わず心からの声が漏れた。
しかし海馬はそれに耳を貸すでもなく、一人悦に入ったように力強く拳を握り締める。
「ククク…貴様との決着は、
アレでつける!!」
「なっ、まさか…!?」
「ワハハハハハ!その通り!1on1ビーチバレーで勝負だ遊戯ィィィィ!!!」
「
ちょっと待てーーー!!!」
遊戯は腹の底から悲痛な声を張り上げた。
いくら元気印のファラオと言えど、あれほどの出血をみた直後にハードな運動など自殺行為に他ならない。いや、下手をすれば今度はお花畑を飛び越えて三途の川へダイブする破目になる。
「だが一度受けた勝負を投げ出すのは敗北を認めるのと同じこと…!」
「ボールはこれだ!ブルーアイズ柄だ!!ワハハハハ!」
「ク…ッ、俺はビビっている…!」
遊戯は遣り切れなさにダクダクと血の涙を流した。
脳裏を過ぎるのは先刻の試合で見た城之内の笑顔。あの眩い微笑みと至福のひと時を、こんな男の高笑いで塗り替えられるわけにはいかないのだ。
「これも城之内くんとの熱いひと夏の思い出を守る為!堪えろ、堪えるんだ俺よ…!」
「ピピー。試合開始ぃー」
「フンッ!!」
「
はぐぁっ!!」
審判バクラの唐突な宣言と共に、遊戯は再び血の海へと身を沈めた。
「……?」
波打ち際でせっせと砂の城を作っていた城之内は、背後に不穏な気配を感じてふと顔を持ち上げた。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「あー、何かあっちで遊戯と海馬が試合してるみたいだな」
「え?でも遊戯さん、あの怪我で…?」
「あぁ。さすが遊戯だぜ。やっぱ真のデュエリストはあのくらいタフでなきゃな!」
ニッと白い歯を覗かせて笑う彼の顔は、南国の景色にすっかり溶け込んでいる。きらきらと輝く太陽のような笑顔に、静香は思わず目を細めた。
「眩しいよ、お兄ちゃん…」
「ハハ、お前俺と同じで目の色薄いからなー。サングラスでも持って来れば良かったのによ」
皆も気が利かねェなぁと漏らしながら、長い亜麻色の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「もう、お兄ちゃんったらまた子供扱いして!」
「バーカ。お前は俺の大事な妹なんだからよ。甘やかしたくなって当然だろ」
ぽりぽりと頬を掻き、目元を赤く染める城之内。
それを見た静香の頬にもパッと朱がのぼり―――
嗚呼、美しきかな兄妹愛。
遠くに聞こえる遊戯の悲鳴も何のその、もじもじと無言で砂を積む二人の手と手は、触れ合う度に微かなときめきを互いの胸に灯していた。
その一方で。
「待て!頼むから待ってくれ…!!」
「ククク…今更命乞いか遊戯。見苦しいものだな」
「いや、この場合全く比喩にならないぞ!?お前本気で俺を殺す気だろう!」
プライドだけを支えに毅然と構えながら、遊戯は目前の男を射殺さんばかりに睨みつけた。
殺られる前に殺れ―――相棒の本で学んだことは正しかった…!王は愕然とした思いでそんなことを思い返す。
「ク…ッ、海馬!お前は俺を怒らせた!後悔するぜ!」
「フン、負け惜しみか?この一撃で終わらせてやる!」
至近距離でサーブ体勢に入る海馬。ニヤリと笑う形相は正に鬼だ。
遊戯はジリジリと後退しながら、嫌な汗を掻く拳をきつく握り締めた。
これは、一か八かの賭け。
「ワハハハハ!俺の勝ちだ遊戯ー!」
「
闇のゲーム!!」
血も涙もない豪速サーブが放たれた瞬間―――カッ、と眩い閃光が辺りを包んだ。
「これは…!」
「ヒャーハハハハ!面白くなってきやがったぜ!」
やがてゆるゆると、全てを包み込むかのように広がっていく底知れぬ闇。
ボールはネット上でぴたりと静止し、スローモーションのような動きで海馬のコートへと落下していく。
口惜しげに睨みつける海馬の視線の先、ウジャトの輝きを額に宿す男は不敵な笑みを浮かべながらそこに佇んでいた。
「クク…さぁ、ゲームの時間だ」
残虐な色を覗かせる赤い双眸。それをゆるく細め、遊戯は尊大に腕組みをする。口元にに浮かぶのは、余裕。
「勝負はまだまだこれからだぜ、海馬。城之内くんは渡さない!!」
「フン、あのまま這い蹲っていれば軽傷で済んだものを…。立ち上がったことを後悔させてやる!!」
ゴォッ!!
再びサーブの構えを取った海馬の足元から原因不明の風が立ち上り、渦を巻く。弄ばれるようにはためく焦茶の髪。
鋭く眇められた青の双眸が、不穏な光を湛えて炎のように揺らめいた。
「いくぞ遊戯…。
アルティメットアタァァーック!!」
「うわ、ベタ…」
思わず額を押さえるバクラ。
だが豪速のボールが向かうその先、遊戯はニヤリと余裕の表情で笑みを深める。
「甘いぜ海馬。
マジック・シリンダー!!」
「何…!!?」
ぽしゅっ。
「…………」
場にそぐわない、気の抜けた音が響く。
「そら、返すぜ」
「!!」
思わず呆けていた海馬に向けて、もう一方の筒から豪速のボールが吐き戻された。
「ぐあぁ…っ!」
「フッ…この闇のゲームでは、自分の最も信頼出来る僕を一体、フィールドに特殊召還することが出来る」
「オイオイ、これはデュエルじゃねーっての…」
「黙ってろバクラ!貧血で実は足元フラフラな俺がまともに動ける筈もないだろう!?味方がいて何が悪い!」
「開き直ンなよ…」
「クッ…、信頼出来る僕、だと…!?」
やめておけばいいのに話を進めてしまった海馬を生温かく見守り、バクラはもう何も言うまいと心に誓った。助け舟など不要。無駄に疲れるだけだ。
「そうだぜ海馬。マジック・シリンダーは相手からの攻撃を吸収し、跳ね返すことの出来るトラップカード。そしてそれを操れるのは魔術師しかいない!出でよ、
ブラック・マジシャン!!」
収束する闇が遊戯の前に蟠り、それを振り払うかのように生まれる光。高らかに宣言された声音に従い、フィールドには見慣れた黒衣の魔道師が姿を現した。
(クッ…この場に城之内くんがいてくれれば「すげー!」と大喜びしてくれるのに…!)
生憎、とうの城之内は妹と危ない道へ進んでいる。
そんなことは知る由もない遊戯だったが、声援がないことがちょっぴり悲しい三千ウン歳、センチメンタルなお年頃だ。
「ブラック・マジシャン…!」
そして止せばいいのに海馬はまた話の流れを元に戻す。
「海馬。お前の一番信頼する僕、そいつはサーブを打ってくれるか?トスを上げてくれるか?レシーブで球を拾うことすら出来ないだろう!爪でボールを割るのが関の山だからな。大人しくサレンダーすることを勧めるぜ!」
「お、オノレェェ…!」
わなわなと拳を震わせる様を嘲笑とともに見据える遊戯。気分は爽快。ここに来て漸く常夏陽気を味わえた気分だ。
真っ青な空も今ならさぞ美しく見え……いや、今は真っ黒な空しか見えないのだが。
「それ以前に神官本人の攻撃が一番怖ェことに気付こうぜ王サマよぉ…」
突っ込むまい、と決めていたのについつい独り言が漏れてしまう。本当に飽きない連中だと、バクラは心内でいつものように高笑った。
漆黒の空、深淵の海。目の前の二人が望む当人がこの光景を見たならば、間違いなく顔を顰めることだろう。
「すっげー」よりも先に出るのは「怖ェよ静香ぁ…!」、その後に「テメェら下らねーことでこんな怖ェ空間作り上げてんじゃねー!」と理不尽な暴力がやってくる。
これが真剣なデュエルであればいざ知らず、あの鈍感な子犬にはただの「子供の喧嘩」にしか見えるまい。…実際そうとも言える辺りが哀しい。
ぎゃいぎゃいと言い争う様を見るにつけ、段々と哀れに思えてきた。
「お二人さんよー、盛り上がってるとこ悪いが早く済ませねーと日が暮れるぜ?今ンとこ1対1で同点だ。次の一点を取った方の勝ち、ってことでいいんじゃねェか?」
「………解った」
「いいだろう。…だがその前に、俺はこいつを召還させて貰う!」
ゴォォ!
再びの強風。だが目を庇うように腕を翳したのは舞い上がる砂の所為ばかりではない。
網膜を灼き尽さんばかりの光の奔流。収束していくそれは滑らかに海馬の「僕」の輪郭を縁取り―――そして。
「なっ…!卑怯だぞ海馬ァ!!」
遊戯の悲痛な叫びが虚空に響いた。
ふわりと額に落ちてくる柔らかな金糸。ゆるく瞬きを繰り返す琥珀色の瞳。
「何を言う遊戯。これこそが俺の最も信頼する僕、愛らしい飼い犬だ!ワハハハハハ!!」
きょとんとした顔付きでふよふよとフィールドに浮かんでいるのは、事の発端。
城之内克也に他ならなかった。
to be continued...

ごめんなさい、これで終わりとか言いつつまた続いてしまいました…!
次こそホントにラストです。最後くらいはラブく…?
■ 2003.11.08 ■