「…つーかさ」
「何だ」
「どうしたの?お兄ちゃん」
「……何で、こんななってんだ…?」
 両腕を二人にガシと掴まれ、城之内は大層居心地悪そうに身動ぎした。

 右を見れば可愛い妹。
 ギュゥとしがみつく様は幼い頃を彷彿とさせ、思わずへらりと頬が緩む。
 対して、左隣には腹立たしいほど端正な顔。
 その腕が人目も憚らず自分の肩に回されているような気がするのは気のせいだろうか…?

「……海馬」
「何だ」
「放せ」
「断る」
「断んなよ…!」

 そして挙げ句の果てには。

「城…之内、くん…!」
「ひっ…!」

 地を這うような低い声音。文字通り地に伏した王が城之内の足首をガシ、と掴んでくる。
「ゆゆゆ遊戯、血!血が怖ェー!」
「フン!ミイラは黙って死んでいろ!」
「ガハァッ!」
 固い踵の強烈な一撃が遊戯の後頭部を容赦無く抉った。
「ギャー!テメェ何してことしやがる!しっかりしろ遊戯!傷は浅いぜ!!?」
 赤い何かをダクダクと流している相手への台詞ではない。が、そうと突っ込む常識人たちは既にこの場を立ち去ってしまっている。
「おいコラ海馬ぁ!テメェ遊戯に謝りやがれ!」
「フン、人のモノに手を出そうとするからだ。自業自得とは正にこのことだな。ワハハハハハ!」

 失血死寸前の怪我人の頭上では、何とも平和で子供じみたやりとりが繰り広げられていた。

Return to Summer4

 それにしても残酷なことだ。
 ビーチパラソルの下で真っ白な椅子に腰を下ろしながら、海馬は恨めし気な視線を城之内へと向けた。
 自分の記憶が確かならば、ここへは「二人きりの」バカンスに来た筈だ。

 『お兄ちゃん、私、昔みたいに砂のお城作って欲しいな』

 そんな妹の一言で呆気無く自分の腕をすり抜けた城之内は、背にした太陽よりも眩しい笑顔で駆け去っていってしまった。
 間を置かず聞こえてくる楽しそうな声。
「まったく…とんだ休暇になったものだな」
 深々と溜め息を吐きながら、海馬はひっそりと自嘲めいた笑みを浮かべる。
 らしくない。柄にもなく楽しみだったとでもいうのだろうか。
「馬鹿馬鹿しい…、たかが犬如きに何だこのざまは」
 吐き捨てるように独り言ちて、じくりと痛む胸の奥には無視を決め込んだ。
 いつの間にか懐に入れてしまった琥珀色の瞳は、夏の太陽に良く映える。
 喜ぶ顔が見たかっただなんて。
 ……本当に、らしくない。


「ヒャーハハハハ!何だぁ?落ち込んでんのか、神官サマよぉ!」


 唐突なその声に、海馬は思わずびくりと肩を揺らした。
「おのれぇぇ…っ、貴様、俺の背後に立つなどいい度胸だ!そこのミイラ共々血の海に沈めてくれるわ!!」
「…いやそれヤツアタリっつーか、態度急変しすぎだろ」
「フン、いつまでもロウ・テンションでいては血行が悪くなるからな!!」
 ワハハ!と闘いの風・砂嵐バージョンを巻き起こす端迷惑なこの男は、恐らく先刻までの憂いなど空の彼方へ吹き飛ばしてしまったに違いない。
「まぁ…コイツの奇行は今に始まったことじゃねーからな…」
 どこから湧いたとも知れぬバクラはとりあえず場の主導権を取り戻すべく、

「ヒ…ヒャーハハハ!!らしくもなく落ち込んでんのかよ神官ヤロー!そんなにあの子犬に置いていかれたのがショックだったのかァ!!?」

 ―――半ば無理矢理にそう仕切り直した。





「てなわけでだな。あの犬、野放しにしとくとすーぐ他の奴に掻っ攫われちまうぜ?」
 如何にも楽しげに歪められた口唇が、軽い調子でずっしりと重い台詞を吐く。戯言と笑い飛ばしてしまえないのは、どこかでそれを危惧している所為だろうか。
 海馬は無意識に眉根を寄せた。
「貴様に心配される謂れはない。失せろ!」
「おーコワ。まぁそうムキになるなよ社長サマ。自信が無いって認めてんのと同じだぜ?」
 ギッ、と射殺さんばかりの視線を向けようとも、バクラは飄々と肩を竦めるばかりだ。カラカラと笑う声が耳につく。
「何が言いたい…」
「だから、しっかりつかまえとく為にも邪魔者はさっさと消しておくに限る…、だろ?」
 愉しげに細まった目が海馬の双眸を覗き込む。真意の知れないその笑みはどこまでも不敵で、いっそ小気味良いほどの禍々しさを孕んでいた。
「フン、俺に遊戯を殺せとでも言うつもりか?だがそうなればあの犬は二度と俺の元に戻りはすまい。…それでは意味が無い」
 微かな自嘲を含んだ声音にバクラはポリポリと頬を掻いた。いきなりシリアス路線に持って行くとは流石カードの奇行師。
「ま、それはどーでもいいんだが…」
それに遊戯はいずれカードで…!!
「ハイハイ。そりゃもっとどーでもいい」
 ぬぅ、と唸る海馬を無視してジーパンのポケットに手を忍ばせる。
 その手元を注視する海馬に、バクラはニヤリと嫌な笑みを向けた。胸元に下げた千年リングがカッと眩い光を放ち、そして――――


「なっ…!」
「ヒャーハハハハ!ガキはこいつでケリをつけな!!」


 目を庇うように腕を翳し、光を避けた海馬が、次の瞬間目にしたものは。




 何の変哲も無い、綺麗に折り畳まれたビーチボールだった。







to be continued...




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■ 2003.10.18 ■