- 社長BD企画 4日目 -
10/23 16:40
学校から直接バイトへと向かう道すがら、城之内は見慣れた後姿を見つけてぽんとその肩を叩いた。
「っ!?」
「寄り道せず真っ直ぐおうちに帰りましょう、って学校で習わなかったか?」
息を呑んで振り返った少年に向けて、ニッと人好きのする笑みを浮かべてみせる。
「何だ城之内かよ…おどかすなよなぁ」
少年は大きな瞳を数度瞬かせ、年に見合わぬ態度で深々と溜息を吐いた。
硬貨を握り締めた彼の前には一台のガシャポン。そう言えば久々にカプモンの新シリーズが出たと遊戯が喜んでいたのを思い出し、城之内も改めてその箱を覗き込む。
「俺、これはやったことねーんだよな。面白いか?」
「当然だぜぃ!緻密な戦略、洞察力、経験、運、全部が揃って初めて勝てるゲームだからな。自分を試すにはもってこいだぜぃ。…ま、運しか能のない城之内には向かないけど」
「何だとこのクソガキ!」
腰に手を当てて目を眇め、兄に良く似た尊大さで鼻を鳴らす少年の髪を城之内はぐしゃぐしゃと乱暴に掻き回した。やめろと喚きつつも楽しげな彼の様子にほっと安堵の気持ちが広がる。
先刻の少年の背中はいつもにもまして小さく、どこか寂しげにも見えたのだ。
「そういやこれ、アイツもやってんの?」
じゃれ合う手を止めてまじまじと箱の中を覗き込みながら、城之内はそれとなく話題を振ってみた。このブラコン極まりない子供の心情を左右するものなど、兄のこと以外に有り得ない。
「兄サマ?勿論だぜぃ!公式の大会には出ないけど、俺とは時々対戦してくれるんだ」
案の定ころっと気分を好転させた彼は、嬉しそうに目を細めてそう語った。けれどそれも束の間、萎れたように視線を下向け、小さな声をぽつりと漏らす。
「最近は忙しいから、あんまり相手して貰えないけど」
「じゃぁ明後日頼んでみればいいじゃねーか。誕生日プレゼントの礼寄越せ!っつって」
アイツ休みなんだろ、と問い掛ける城之内に、少年は何故か益々俯いた。
「予定ではそうだったんだけど。兄サマ、急な用事で昨日からアメリカに行ってるんだ。一応明後日には戻る予定だけど、日を跨ぐかもしれないって…」
(…あの馬鹿)
学校にパソコンを持ち込むことといい、つくづく仕事マニアだなと溜息を吐いて、城之内はポンポンと少年の頭を撫でてやった。
「大丈夫だって。確かにアイツはどうしようもねェ仕事馬鹿だけど、同じくらいどうしようもないブラコンだからさ。お前との約束はちゃんと守るだろ」
「そんなこと、言われなくても解ってるぜぃ!俺がどうしても、って言ったら、多分兄サマは無理してでも帰って来てくれる。…でも、そんなことするよりあっちでゆっくり身体を休めた方がいいだろ。折角の誕生日なんだから」
「馬鹿、それじゃお前の計画が水の泡じゃねェか」
悪戯めいた口調でそう告げられて、少年はバッと顔を上げた。城之内はお見通しだと言わんばかりの得意げな顔で、少年の額をコツリと叩く。
「『兄サマをお祝いしようと思って準備してるから、なるべく早く帰ってきてね』って、子供らしく強請っとけばいいんだよ。弟が兄貴に遠慮してどうすんだ。それにその程度の我が儘も聞けないような甲斐性ナシなら兄貴失格だぜ?」
「っ、兄サマは甲斐性ナシなんかじゃないぜぃ!」
「うん、まぁそれ以前に人間じゃねーしな」
「もう、怒るぞ城之内!」
徐々に目の釣り上がってきた少年に「悪かったよ」と肩を竦めながら、城之内はふと腕の時計に視線を落とした。
「ヤベっ、遅刻ギリギリじゃねェか!」
すっかり話し込んでしまったと大げさに慌てふためき、弾かれたように地面を蹴る。
「とにかく、アイツはちゃんとお前のこと考えてっから!明後日は楽しみに待ってろ!」
少し遠ざかった位置でぶんぶんと手を振って、城之内は夕日に照らされた道を猛スピードで駆けていった。
少年はそのあまりの騒々しさに暫し唖然とし―――けれど頭の中で告げられた言葉を繰り返す。
「ちゃんとお前のこと考えてる、か…」
同じ「兄」という立場である彼から聞いた言葉だからこそ、真っ直ぐ胸に届いた。
だがあの言葉には、きっともう少し深い意味があるのだろう。
「…お前は誰にそう言われたいんだよ、城之内」
まるで自分を羨んでいるかのような色がその瞳に浮かんでいたことを思い出し、ちくりと小さく胸が痛んだ。
(これってやっぱ、アイツをダシに使っちまったことになんのかなぁ)
バイト先への道をひた走りながら、城之内はぐっと奥の歯を噛み締めた。
ただ従順に兄の帰りを待とうとしていた少年を焚き付け、少しでもあの男の帰国を早めさせようなどと。…そんなこと、考えてもみなかったと言えば嘘になる。
「あー、自己嫌悪…」
店の近くまで来て足を緩め、城之内は荒い呼吸を整えた。
視線の先に見えるこの町の城。その主が今は不在なのだと思うだけで、見える景色の何もかもが色褪せて見える。
相手に対して本当に何も望んでいないのなら、人を好きになっても楽しいだけでいられるのではないのか。それともどこかで間違えたか?
「…うっし!」
城之内はパンッと頬を叩いて気持ちを入れ替え、従業員用の通用口を颯爽と開けた。
to be continued...